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2013年2月10日日曜日

刃物のことを思う

今日は、大工の使う刃物について

私の思うこと!!

今でも使っている、地方の鍛冶屋が手打ちで作った刃物(鉋・ノミ・チョウナ等)。

100年前使っていた、お爺さんが12歳の時から使っていた物(途中で追加したものもある)を

まだ使っている。


非常に切れ味が良く使用に耐えるものです。

現在は、電気工具で殆どのしごとができるので、これらの出番が少ないせいか未だ健在です。


そのことから考えるに刃物は、その材料の中の諸成分の割合等の含有量の問題もあり、最初から

切れ味の良い物、悪い物があります。

それは、原材料の生産地や作る過程も左右しているかもしれません。


そのような事を考えると、初めての刃物店で、しかも安い物はうっかり買えなくなります。

殆ど、何十年も出入りした、決まった刃物店で購入しているのが実情です。

最近は、出入りしてきた店の後継者も、若い人に代わって・・・びっくりするような言葉を耳にすることもあります。


その言葉と言えば、

『まだ使い捨ての刃を使っていない職人もいる』です。


刃物の「刃形」は工作目的によって職人が基本のものから作業の目的に合うよう工夫して

いるのが普通で、

稀の事ではない。だから良い仕事ができている。仕上がりが早く能率的でもある。


それが良い大工・下手な大工として世間が大まかに評価している場合もある。


職業訓練所等で基本の事は学べますが、実務は工夫の連続で、これで良いと納得することはない。

師匠が『コツ』と言うものを教えてくれる場合もあると思うが、殆どが自分自信の経験から学ぶ他ないと思います。


技術には、奥の手といった自分にしかないものもあります。

その技術は自分にも気が付かない間に身についている場合もあるものです。


それは、言葉にすれば『感』です。

この感の鋭い人、鈍い人で別れる事でしょう。


だから「どうしてもあの人には叶わない」とか言う訳ですね。


名人とは、このような優れた才能の持ち主ではなかろうか。

最近、伐木は「チェンソー」で、製品の工作は電気マル鋸やチェンソーで荒切されることが多くなったのですが、



大工仕事をするには、手鋸を使う事が多く、鋸の切れ味は工作の良し悪しにつながる。

墨付けは、必ず正確とは限らず。

墨を疑ったときは、『鋸に問え』と言う気持ちで工作している。

言い換えれば「鋸の目立て」は、極めて正確に切れるように、いつも心かけているのです。

正確な目立てができるのが職人として一人前ということかもしれない。(最近は、小さい鋸目の目立は、機械)を使う場合も多い)


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